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映画『忘れないと誓った僕がいた』感想。【僕は忘れないよ】

映画『忘れないと誓った僕がいた』を観た。

忘れないと誓ったぼくがいた [DVD]

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主演の少年役は村上虹郎さん、ヒロインの少女役は早見あかりさん。二人とも映画全体を通しての爽やかで甘くて青くて疾走感のある雰囲気に合っていて非常によかった。
※以下ネタバレ

出会い

村上虹郎さん演じる高校3年生の葉山タカシは、進路に悩む普通の男子高校生。部活に打ち込むわけでもなく将来特にやりたいことがあるわけでもなく、なんとなく毎日を無気力に過ごしたまま高校生活最後の夏休みを迎えようとしていた。そんなある日の夜、レンタルDVDを返却すべく自転車を走らせているとタカシはある一人の少女に出会う。彼女は意味ありげにタカシを見つめるもののすぐに走り去ってしまった。翌日学校でたまたま彼女に出会い、タカシは彼女が同じ学校の同じ学年の生徒だったと初めて知る。

まず、村上虹郎さん演じる葉山タカシはド平凡な高校生だ。少し根暗だがまぁそこそこ友達もいるし家族も仲良いし、普通に幸せな生活を送るTHE普通の少年。だが、そこを村上虹郎さんが演じることによってアンニュイで独特な空気感が漂っていて一気に引き込まれた。その独特な空気感を出しながらも、高校生の男の子らしいまっすぐなところや少し馬鹿なところはうまく使い分けされていてやっぱり凄いなと思った。虹郎さんは役柄のその時々や場合における目や声色や表情の色彩の違いをわかりすぎている。わかりすぎているから演技も自然だし安定してるし、なのに「この子はすぐにどこか消えそうだし触れたらバラバラに壊れてしまいそうだ」という未完成感も含んでいて、そういうのが虹郎さんが人を引き込む要因だろう。

そしてついでに言うと村上虹郎さんは当時18歳。今よりも少し華奢であどけなさが残る虹郎さんは、はちゃめちゃにかわいい。しょっぱな廊下にしゃがんでいるタカシはまるで捨てられた子犬(それも小型犬)だし、ヒロインの少女に出会った時のたどたどしさの溢れる童貞感たまらないし、いちいち私服がちょいダサいし、とにかくかわいい。かわいい。


彼女の秘密

タカシが名前を聞いても一向に答えてくれなかった彼女は「忘れない?」と不安げに聞いてくる。タカシはよくわからず少し不思議に思いながら「忘れるわけないさ」と彼女を安心させるように言った。彼女の名前は織部あずさ。タカシはもっとあずさのことが知りたいし、あずさに近づきたい、確かにあずさに惹かれていた。思えばあの夜出会った日、タカシの一目惚れだったのかもしれない。なのにどこか感じる違和感。同じ学校で同じ学年の生徒なはずなのに、誰も彼女のことを知らないのだ。そしてあずさはタカシに自分が抱える「秘密」について語る。それはあずさは翌日には出会った人たちの記憶からは消えてしまう、ということだ。1日で誰からも忘れられてしまうから、誰も自分のことを知らないのだ、という。最初、タカシはあずさの言うことを信じなかった。しかし確かに翌日には周りはあずさのことを忘れていた、元からいない存在となっていて、あずさの秘密を信じざるを得なかった。


あずさは、どれだけ寂しかったのだろう。色んな人から毎日忘れられ続け、自分はいなかったものとされ続け、どんなに親しかった人にもいつもいつも「誰?」と怪訝そうな顔をされる。自分だけが進めなくて、自分だけが抜け出せなくて、自分だけがずっと残ったままで、あずさはきっと一人ぼっちだった。でもタカシは1日、2日、3日…と経っても自分のことを覚えていてた。タカシはあずさの「特別」だった。一人ぼっちで暗くて狭くて深いところから手を差し伸べてくれたのはタカシだった。あずさはこれまで誰にでも忘れられ続け、その度に傷つき、自分は一人なんだと痛感してきた。でもタカシは出会うたびいつだって「あずさ」と呼んでくれた。その度にたまらなく嬉しそうな表情をするあずさがめちゃくちゃに可愛い。


薄れゆく記憶

恋人同士となったタカシとあずさは、ひとつひとつまるで記録を残すように思い出を増やしていく。周りの誰があずさを忘れようと、タカシはいつまでもあずさのことを忘れない。そうお互いに信じあってでも心のどこかで本当にそうなのか、と臆病になりながら2人は生きていく。そんなある日、タカシの中で「記憶の違和感、不一致」が起こった。冷蔵庫にある誰が買ってきたかわからないケーキ。これは確かに葉山家へのお土産としてあずさが買ったものなのだが、タカシは全く覚えていなかった。ついに、タカシさえもあずさのことを少しずつ忘れていってしまうのだ。徐々に薄れゆくタカシの中のあずさの記憶。ショックを受けるタカシ。そしてそのことに気がついてしまうあずさ。


ついにきてしまった。タカシの記憶からもあずさは消えようとしてしまう。ずっと一人ぼっちだったあずさを救ってくれたタカシ。そんなタカシからも忘れられてしまったらあずさはどうなってしまうのだろう。それはタカシ自身もその薄れゆく記憶の中で感じていた。自分の中からあずさがいなくなってしまえば、またあずさは一人ぼっちになってしまう。タカシは必死に運命に抗おうとする。忘れたくない。絶対に俺は織部あずさを忘れない。

このへんからもう大号泣必至ですわ。いや辛すぎません?好きな人が少しずつ自分を忘れていくなんて。でもタカシは忘れないように忘れないようにと努力をしてくれる、好きでいてくれてる、まるでまだあずさはタカシの中に存在してもいいんだよ、と言ってくれるように、なぐさめてくれるように微笑んでくれる。優しすぎる。そんな二人に迫り来る残酷すぎる運命。二人で抗おうとするタカシとあずさ。切ない。無理だ。(大号泣)


衝撃のラスト

ついにもう完全にタカシからあずさの記憶は抜け落ちてしまった。そんな時、タカシがたまたま開いた自分のPCから発見した数々の動画。そこには1年前、高校二年生だった頃のタカシとあずさの映像が映り出されていた。タカシとあずさは1年前も恋人同士だったのだ。タカシは1年前の自分と、仲睦まじそうな知らない少女に困惑する。タカシは動画を見ながら散り散りになっていた記憶のかけらを必死で集めようとする、消え失せていた思い出を取り戻そうとする。その瞬間スマホのアラームが鳴る。「9月1日、恋人の丘にあずさと行く。」これはあずさを忘れる前の自分が必死に残した記憶のピース。でもタカシは「あずさ」のことは思い出せない。思い出せないが、「あずさ」に会いに行かなければならない。きっと彼女は自分を待っている。自転車を全力疾走させてたどり着いた恋人の丘。そこに「あずさ」らしき女性は見当たらない。タカシは忘れないように忘れないようにひたすら「あずさ」と名前を唱えながらその彼女を待ち続けた。そこに現れたあずさ。しかし彼女は自分を「自分は織部あずさの友人で、伝言を頼まれて来た」と嘘をつく。だが、タカシはあずさの顔を忘れてしまっているためそのことに気づかず真に受けてしまい、あずさに会わせてほしいと泣きながら訴える。今、目の前にいるのが「あずさ」だともわからないまま。そしてその彼女が去ってしまった後、タカシはポケットからiPhoneを落とし、ケースが外れ、そこにプリクラが貼ってあることに気がつく。自分と、「あずさ」だった。そこでやっとさっきまでいたあの彼女が正真正銘の「あずさ」だったのだと気がつき必死で追いかける。タカシは彼女の面影を求めて叫びながら夜の街を駆け回るが、もうあずさの姿はどこにもなく、終わりを迎えてしまった。


残酷すぎだ。あずさはきっともうこれ以上タカシの中で「織部あずさ」が存在することはないとわかっていた。だから最後友人のふりをして「ありがとう」という一番伝えたいことを一番好きな人に伝えたのだろし、またどうせ忘れられるのが怖い、だからタカシの前から消えてしまったのだろう。切ない。若い二人は運命に抗えなかった。タカシはきっとまた、あずさのことを忘れて普通に過ごすのだろうけど確かに過ごしたあずさとの「時間」は残っていて、それは誰にも何からも奪われることはないはずだ。

かつて恋人だったあずさに出会い、タカシがあずさにもう一度恋をして、タカシはあずさのことを忘れなくて、これは果たして「偶然」だったのか「必然」だったのかはわからない。わからないが、「出会うたびに好きになってくれてありがとう」というセリフが心に沁みる。かつて最愛の人が自分を忘れてしまった。でももう一度出会った時、彼はまた自分に恋をしてくれた。いつだって深い深い闇の底から丁寧に掬い取ってくれるのは彼だけなのだ。だからこそそんな彼に再び忘れられる恐怖が、あずさは耐えられなかった。

またこの映画の前半部分には色々と伏線が張り巡らされててそれを後半で回収していく。そこは秀逸というか決してわざとらしくはないのに「あぁ、そういうことか!」と心地よく感じれて非常によかった。結果的にはあずさがどこに消えたのかもわからないし、バッドエンドということになるのだが、あまりバッドエンドという感じもしなかった。運命には逆らえないとタカシもあずさもそして私たちもどこかで気づいてしまうし、だいぶファンタジックなこの物語の結末としてはこのくらい残酷的なのもよく似合っていた。たぶんそれは主演の虹郎さんや早見あかりさんの雰囲気のせいもあるかもしれない。

特に虹郎さんの演じるタカシはやばい。確かに平凡なのに圧倒的存在感、彼にしか出せない妙に重々しい空気感、彼こそもどこかへ消えてしまいそうな儚げな雰囲気、、それと共に虹郎さんのビジュアルもよかった。背も低めで華奢で重めの髪型が根暗な少年らしくてそそられる。そそられる以外ありえない。彼は立っているだけなのにまるで誘惑されたように人々は魅了される。時に彼に恋をして、時に彼に母性をすべて吸収され、時に彼を守りたくなる。すごい。恐ろしい人だ。


避けられない運命に向かって、必死にもがこうとする若者二人の姿は切なくて儚くて、美しかった。

映画『忘れないと誓ったぼくがいた』予告編 - YouTubef:id:negapozi:20160816043634j:image